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【レポート】「食農教育のはじめかた」をめぐる、デザイン

食農教育の普遍的な価値を伝え、一歩踏み出す人に寄り添う本『食農教育のはじめかた』が、2025年3月に完成しました! 友人知人はもちろんのこと、「はじめまして」の方々にも手に取っていただけることを嬉しく思っています。
2025年5月6日(火・祝)には出版記念イベントとして「『食農教育のはじめかた』をめぐる、デザイン」を開催しました。ゲストは、本の制作をご一緒してくださったUMA/design farmの原田祐馬さんと平川かな江さんです。
約1年かけた制作のプロセスや、本づくりを通して掴んだ新たな目標についてたっぷりお話しました。後半では、私たちとともに考え、手を動かしてくれた原田さん、平川さんにデザイナーの役割についても伺いました。
「“いただきます”がつづく世界を」に込めた願い
まずは代表の樋口より、食農教育の歴史や神山町での実践についてご紹介したのち、NPO法人まちの食農教育が活動する目的についてお話しました。私たちは「“いただきます”のある風景をこれからも残す」ために、食農教育の場をつくっています。この言葉は巻末の「おわりに」のタイトルにもなっています。

私たちがこの考え方にたどりついたのは、本をつくっている最中でした。実は、この言葉はイベントを共催した『めぐる、』編集部の考えに大きく影響を受けています。“郷土愛”をコンセプトにした雑誌『めぐる、』は、誌面で「大好きな徳島からなくなったら困るもの」を丁寧に綴っています。
食農教育は「あるといいよね」とよく言われますが、なくなったときにどうなるのかはなかなか議題に上がってきません。でも、深く掘り下げると本当は「なくなったら困るもの」なのではないでしょうか。このことについて樋口は以下のように話しました。
樋口「本をつくっているとき、もし食農教育がなくなってしまったらどうなるのかを考えていました。例えば、農に触れる体験がなくなってしまえば、子どもたちはお米がどのようにつくられているのか想像できなくなる。つくり手に出会えなければ、そもそも農家になることも思い浮かばなくなってしまう。もっと極端になれば、食が栄養摂取のためだけのものとなって、工場で生産される、人の手を介さないものが主流になってしまうかもしれない。そうなれば、食卓を囲む文化や、それに伴う仕事や習慣、コミュニティもなくなってしまって、いつか“いただきます”という言葉さえなくなってしまうかもしれないと思ったんです」
“いただきます”は、食べ物が自分の目の前に届くまでのいろんな手間をかけてくれた人や、いのちに対して送る言葉。それは食が、パッケージ化されて手軽に手に入る“商品”ではなく、自然や人との関わりの中で生まれる営みであることを思い出させてくれます。そして、食農教育こそが、その過程をともに体験し、伝えられるきっかけになると考えています。だからこそ私たちは、この言葉を中心に据えてこれからの活動を組み立てていこうと決めました。
言葉を重ねた編集合宿がもたらしたもの
本の冒頭には私たちが大切にしている「そだてる」「あじわう」「つなぐ」という3つの言葉についての紹介があります。皆さんにも馴染みの深い言葉だからこそ、慎重に言葉の定義を擦り合わせていきました。この言葉について樋口と原田さんはこう振り返ります。
樋口「本をつくるにあたって、8月から12月まで毎月1回、UMA/design farmのお二人に神山町まで来ていただいて編集合宿をしました。今でもすごく覚えているのは、原田さんに『そだてるってつまりどういうことですか?』など、文中の言葉が持つ意味を私たちが定義づけられるように問いかけてくれたことです。これまでの活動と、これからどうしていきたいのかを見つめながら言葉を紡いでいくような感覚で、最後まで苦戦しました」
原田「そだてる、あじわう、つなぐって、すごくわかりやすい言葉なんですよね。だからなぜここでその言葉を使うかが問われます。その説明が入っていないと誰もが知っている表現になってしまうと思い、対話していたと思います」

また、編集合宿では、NPOのメンバーと、原田さん、平川さんで「食農教育がなぜあるといいのか」「どんなことを社会に対して発信したいのか」など、さまざまな角度から私たちの未来を考え、その思いを言葉に落とし込んでいきました。
編集合宿の他にも、この本づくりで特殊だったのは、印刷に立ち会えたことでした。一般的には本の印刷に立ち会うのはデザイナーや編集者のみで、それらは色の確認などのため。でも、今回は私たちも印刷に立ち会うことができました。これにも、原田さんの考えがありました。
原田「食農教育では、今食べているものがどんな人がどんなふうにつくってきたのか想像できることが大事ですよね。これに本づくりをなぞらえて考えると、できた本がどんな人がどんな場所で印刷、製本されているのかをイメージできた方がいいなと思ったんです。だから、今回の印刷は樋口さんたちが会える距離感の、広島にある印刷所にお願いしました」

実際に、印刷所では何人もの職人さんが関わって、最終調整をしてくださいました。形になった本を見ると、関わってくださった人や、一緒に過ごした時間を思い出します。他の本を見ても、同じようにたくさんの手間や愛情がかけられていることがより鮮明に想像できるようになりました。
これはまさに私たちが食と農の分野でやっていたことです。原田さん、平川さんのお二人が、私たちの大切にしていることを同じように大事にしながら伴走してくださったことが伝わってきました。
デザインとは、関係性から生まれるもの
後半では、UMA/design farmのお二人から、デザイナーの仕事についてお聞きしました。
大阪に事務所を構えるUMA/design farm。現在8人のメンバーが所属し、全国各地で文化や福祉、地域に関わるプロジェクトを中心にデザインをしています。アウトプットはショッパーなどのグラフィックやプロダクトのデザインから、施設のサイン計画、ワークショップの企画などさまざま。
大切にしていることは「ともに考え、ともにつくる」こと。特にプロトタイピングやフィールドワーク、リサーチに重きをおいており、それらをデザイナーチームだけではなく、関わっている人と一緒にすることを意識されているのだそう。原田さんは、デザインすることは、“土壌をつくる”ようなものであると例えます。そして、土壌とはものごとが作用する仕組みと仕掛けを考えることだと言います。それが視覚化されたときにデザインが立ち上がってくる。ここでデザイナーの役割について原田さんはこう話します。
原田「視覚化されたものがきちんと流れを生んでいるのかを見ることが、デザイナーに求められると思います。例えば、モノやコトだけをつくってもそれだけでは人は動かないんです。全体の循環を考えながら、つくったものが人の関係性のなかで流れていくことを意識しています。僕たちがアウトプットと同じくらいプロセスを重視することもこれが大きな理由です」
その意味でも、今回の本づくりにおいて編集合宿こそが最も重要なポイントであると原田さんは言います。編集合宿では、編集方針を話しているだけでなく、その中の対話がきっかけとなり今後のビジョンが見えてくる。私たちは本のデザインをお願いしましたが、得られるものは物質としての本だけではない。デザイナーと、依頼主たちが相互に作用しながらともにゴールを探していくような関係性が、ものづくりの根底にありました。ここで原田さんは、デザイナーは一人でものづくりをしているわけではない、と言います。

原田「デザインされたものって、デザイナーの“作品”だと言われることもありますが、僕たちはそうでもないと思っています。デザインって、一人でつくることができなくて、その人が経験したこととか、食べたもの、周りの環境によって生まれるものなんです。だから、僕はデザイナーは翻訳者や通訳者とも言い換えられると思っています」

デザイナーのアウトプットは、デザイナーたちがものごとを解釈し、翻訳した“応答”のようなもの。応答するためには、ともに考え、一緒に手を動かしてみる。そんな一貫したUMA/design farmの姿勢を感じられました。
1枚の紙が変える、世界の見え方
「ではここで、ワークショップをしてみましょう」と原田さんは1枚の紙を持ってきました。そして「これはなんだと思いますか?」と質問が投げかけられました。ありふれたコピー用紙ですが、改めて問われると言葉につまります。ぽつぽつと「A4のコピー用紙?」「包むもの?」「白い四角?」などと返ってきます。
ここで原田さんから一つお題が。「この紙を使って10秒でイカのお寿司をつくってみてください」。そして次に出されたお題は「このイカがどこの海から来たどんなイカか想像しながら1分でもう一度お寿司をつくってみてください」。

すると、参加者のイカの完成度は格段に上がりました。1回目のときはほとんど折っていなかった人も、2回目のときはイカとシャリが分かれて握られている。工作のコツを習ったわけではないのに、この短時間で全く違うアウトプットになりました。このように瞬間的にものをつくってみることは、ものづくりの上手下手にかかわらずできること。怖がらずにまずは手を動かしてみる一歩として、誰でも取り入れやすいのではないでしょうか。
ここでもう一つ、原田さんから質問がありました。「この紙ってどこから来てると思いますか?この紙になった木は何年前に芽吹いたと思いますか?」。

このイカのワークショップは、食農教育でやっていることをデザインの視点で再現したものとも言えます。1枚の紙から、ここまでのことを想像できるということを参加者は体験できました。つまり、近くに畑がなくても、食農教育を始められるということ。問いかけ一つで、食農教育が始まるということです。
質問タイム「とにかくまとまってない(笑)でも点は輝いてる」
最後は3人への質問コーナーで締めました。
Q.表紙やイラストがとても可愛いです! イラストレーターさんとのやりとりが聞きたいです。
平川:今回、朝野ぺこさんというイラストレーターさんにお願いしました。とても信頼のおけるイラストレーターさんでよくお願いしている方です。シンプルなテイストの中にユーモアがあって、直線と曲線の間の線を描いてくださいます。編集合宿で皆さんに話を聞いていくうちに、この世界観ならぺこさんが一番いいなと。
具体的なところでいうと、冒頭の見開きのページは、ダイナミックに見せながらも「四季が混ざらないように」「植物はこっちがいいかも」「生き物がいた方がいいよね」などの細かい調整がありました。
Q.編集合宿で印象に残ったことや、意識していたことをもっと知りたいです。
原田:そうですね、とにかくまとまってない…よく本をつくろうとしているなと思いました(笑)一つひとつが点の状態で、でもその点はキラキラしてる。だから、それらをどう線にしていくかは意識していました。樋口さんに原稿を書いてもらうと、その言葉にとても説得力があるんです。それを読者にどう橋渡しするのかを考えながら、文章の編集だけではなく、事例紹介など、情報を他に載せるべきかも一緒に考えました。
樋口:最初は言葉が出てこなくて本当に書けなかったんです。とにかく原田さんと平川さん、そしてNPOの仲間たちが手を変え品を変え質問してくれて答えていくことで言葉を見つけていったような気がします。相手が出してくれた言葉に対して「これじゃない」というのは明確にわかるのですが、自分から生み出すのは難しかったですね。
平川:原田は本づくりよりも前から神山町に来ていましたが、私は編集合宿で初めて来たので、まずは吸収することを意識していました。編集合宿だけではなく、一緒に食事した時間が大きかったと思います。ここでもやっぱり食がいろんなことをつなげてくれたなと実感しています。
言葉を手に入れたことで、より遠くへ行ける。この本がもっと遠くに連れていってくれる。そんな予感のある2時間となりました。『食農教育のはじめかた』は、まちの食農教育のオンラインストアのほか、以下の書店でも取り扱ってくださっています。一緒に、“いただきます”がつづく世界をつくっていきましょう!
冊子ご購入(BASE) ▶︎ https://shokunooo.base.shop

おまけ
この日は25人の方が参加してくださいました。お話会の序盤には自己紹介タイムも! 県外から参加してくださる方や、教育関係のお仕事をされている方、学生、デザイナーなどさまざまな方に聞いていただくことができました。

休憩時間には、YUKI DESIGN STUDIOの小林幸さんがお菓子をつくってきてくださいました! 柚子の米粉チーズケーキと、キャロットケーキです。また、一緒に『めぐる、』編集部の皆さんがつくった阿波晩茶もご提供いただきました。おいしいお菓子と阿波晩茶で一息ついて、場の空気も軽やかになりました。ごちそうさまでした!

今回の案内人
UMA/design farm
共催
『めぐる、』編集部
髙木晴香(文)
植田彰弘(写真)