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法政大学で「食農教育」について話をする機会をいただきました

まちの食農教育の樋口です。
日頃は小学生から高校生までの学びに関わる機会が多いのですが、先日、初めて大学生のみなさんに向けてお話しする機会をいただきました。
その時の様子を、少しご紹介します。
湯澤規子先生(法政大学 人間環境学部 教授)が主催する、人間環境セミナー「食と農から考える社会と世界」にお招きいただき、神山の取り組みについてお話しさせてもらいました。
200名を超える学生さんを前に、100分間の講義。大学でお話しさせていただくのは初めてで、準備の段階から緊張が続きましたが、学び多き時間をご一緒できたことに感謝しています。
前職である小学校教員時代の記憶は、今ではずいぶん遠いものになりました。けれど、最後に担任した当時5年生だった子どもたちは、いまちょうど21歳前後。目の前にいる学生さんたちを見ながら、10年前の子どもたちの成長した姿を前に話しているような感覚にもなりました。
今回お招きいただいたセミナーの目的には、こう書かれていました。
「食」と「農」に関わる多彩な講師陣に学び、多角的な視野と立場から考え、論じ、実践する経験を得る。昨今、複雑さが増す食と農の分野に関する関心を高め、未来への指針を見出す感性と知性を身に着ける。そのために、「食」と「農」の世界を拡張すること、食農教育の最前線に触れること、飲食に関わる実践者と対話すること、時空を横断して食と農の多様性を実感することを目指す。
わたしは、神山で10年間取り組んできた活動をもとに、「『食べること』から世界の見方をひらく」と題して、お話ししました。
・「いただきますって、いいますか?」
・食べることを、単なる消費ではなく「生活」や「社会」との関係から捉え直すこと
・徳島県神山町での、まちぐるみの食農教育の実践紹介
ー在来のもち米を育て、収穫し、食べ、そのたねを引き継ぐこと
ー食の学びは、場所を越えて、教科をまたいで広がっていくこと
ー畑・教室・家庭・地域を行き来する学びのあり方
ー経験が自分の言葉として残っていく様子
ー「風景の見え方が変わった」と語った中学生の言葉
ー2016年に米づくりを経験した子どもが、2024年には小学生を支える側として関わる姿
・食農教育を支える存在としての、スクールフードコーディネーターの役割
・食農教育とは、周囲のものや人、環境との関係性を育てていく学びであること
もしかしたら、小学生時代を知っている学生に会えるかも…と思いながらお話しさせてもらいました。
直接の教え子はいませんでしたが、昨年見学に伺った高校の卒業生や、家族で白崎茶会のレシピの大ファンだという学生さん、徳島に関心を持ってくれた学生さんたちと、終了後に話ができたことも嬉しい時間でした。
わたしが食農教育を続けていきたいと思った大きな理由の一つに、田植えや稲刈りを経験した中学生が「風景の見え方が変わった」と話してくれたことがあります。その言葉を踏まえて、授業中に学生さんたちにも尋ねてみました。
「最近、風景の見え方が変わった経験はありますか?」
学生さんたちのコメントには、それぞれの具体的な経験とともに、次のような視点が書かれていました。
・背景を想像できるようになること
・自分なりの判断基準が育つこと
・五感の使い方が変わること
・比較対象が生まれること
・「内側」から理解できること
・自分の身体感覚を通して世界を捉え直すこと
大学の授業で知識を得ることによるものの見方、考え方の変化だけでなく、日々の生活やバイト、部活などを通して、学生さんたちが学びながら成長していること、その瑞々しい感性に触れることができ、エネルギーを受け取りました。
わたしたちの活動拠点である中山間地と、学生さんたちが生活する東京の都市部とでは、周辺の環境も、土地の使われ方も異なります。けれど、食に限らず、「知る」「学ぶ」「体験する」ことで、その背景への理解が深まり、想像の範囲が広がっていくことは、どの場所にいても起こりうるのだと思います。
「食べること」は、生きることの源です。
都市部においても、「買う」だけではない関わり方が見出していけると良いし、探せば見つけられそうです。知ることで、選ぶ基準が変わる。自分で料理してみると、食材の選び方が少し変わる。そんな日常の小さな行動から、「食べること」を自分で選び取る生活が生まれていくのではないかと思います。
徳島にいると、食材が目の前にあることの豊かさに気づきづらいことがあります。一方で、都市部では選択肢が多いからこそ、「選ぶ」「買う」という視点がより大切になるのかもしれません。
(冒頭の写真は大学のエレベーターホールからの風景)